米国で事業を行う日本企業が知っておくべき人身傷害・施設賠償責任リスク

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米国で事業を行う日本企業にとって、人身傷害(personal injury)と施設賠償責任(premises liability)は重要な法的リスクです。

米国では、事故による治療費や休業損害だけでなく、精神的苦痛などの非経済的損害、場合によっては懲罰的損害賠償が認められる可能性があります。また、陪審による判断、成功報酬を利用する原告側弁護士、広範なディスカバリーなど、日本とは異なる訴訟制度も企業のリスクを高めます。

日本で問題のなかった安全管理や警告表示をそのまま米国へ導入すれば十分とは限りません。米国で求められる安全基準を踏まえ、事故を防止するだけでなく、事故や訴訟が発生した際に適切な安全管理を行っていたと説明できる体制を平時から整える必要があります。

米国の人身傷害訴訟と過失責任

米国の人身傷害訴訟では、過失(negligence)が中心的な法的根拠となります。一般に原告は、①被告が注意義務を負っていたこと、②その義務に違反したこと、③義務違反が原告の損害を生じさせたこと、④実際に損害が発生したことを立証する必要があります。

注意義務違反の有無は、同様の状況で「合理的な人(reasonable person)」であればどのように行動したかという観点から判断されます。

日本企業にとって重要なのは、この判断が米国の基準や社会的期待を前提として行われる点です。日本の法令や社内基準を遵守していたとしても、それだけで米国における責任を免れるとは限りません。

事故を合理的に予見できたにもかかわらず、安全対策、従業員教育、警告などを行わなかった場合、責任を問われる可能性があります。

例えば、次のような問題が人身傷害請求につながります。

  • 危険な作業方法を放置していた
  • 従業員への安全教育が不足していた
  • 業界で一般的な安全対策を実施していなかった
  • 危険性について十分な警告や説明を行っていなかった

警告についても、単に表示が存在すれば十分とは限りません。米国の利用者が理解できる明確で目立つ英語表示など、実際に危険を伝えられる内容と方法が求められます。

陪審と損害賠償

米国の民事訴訟では、一般市民から選ばれた陪審員が責任の有無や損害額を判断する場合があります。このため、企業側が想定した評価と陪審の判断が一致せず、結果を予測しにくい場合があります。

人身傷害事件で問題となる損害には、主に次のものがあります。

  • 治療費や休業損害などの経済的損害
  • 痛み、苦痛、精神的苦痛などの非経済的損害
  • 悪質な行為に対する懲罰的損害賠償(punitive or exemplary damages)

特に懲罰的損害賠償は、一定の場合に通常の損害賠償を大きく上回る可能性があります。適用要件や認められる金額は州法などによって異なります。

製品を扱う企業には製造物責任のリスクもある

製品の製造・販売・流通に関わる企業では、製造物責任(product liability)も重要です。

米国では、製品に欠陥がある場合、企業の過失を立証しなくても責任が認められる厳格責任(strict liability)が問題となる場合があります。

一般に製品の欠陥は、次のように分類されます。

  1. 設計上の欠陥
  2. 製造上の欠陥
  3. 警告上の欠陥

製品そのものが意図した設計どおり製造されていても、より安全な代替設計が問題となる場合や、危険性についての警告が不十分であるとして責任を追及される場合があります。

米国向け製品については、製品本体だけでなく、取扱説明書、ラベル、警告表示、販売方法なども含めて検討する必要があります。

店舗・工場・オフィスなどで生じる施設賠償責任

施設賠償責任は、企業が所有、賃借又は管理する店舗、工場、倉庫、オフィスなどで第三者が負傷した場合に問題となります。

伝統的な米国法では、施設への立入りは、顧客などのinvitee、許可を得て立ち入るlicensee、無断で立ち入るtrespasserなどに分類され、それぞれに対する注意義務が区別されてきました。ただし、具体的なルールは州によって異なります。

企業で特に問題となりやすいのは、顧客など事業目的で施設を訪れる人に対する安全管理です。

典型的な事故・請求には、次のようなものがあります。

  • 濡れた床などによる転倒事故
  • 段差や床面の不具合による事故
  • 建物や設備の危険な状態による負傷
  • 雪や氷を適切に除去しなかったことによる事故
  • 建築・安全基準への違反
  • 防犯対策の不足と第三者による犯罪行為

「知らなかった」だけでは責任を免れない場合がある

施設管理で重要なのが、constructive noticeという考え方です。

企業が危険を実際に知っていた場合だけでなく、合理的な点検を行っていれば発見できたはずの危険についても、責任を問われる場合があります。

例えば、店舗の床に液体がこぼれて顧客が転倒した場合、企業がその液体を実際に認識していなかったとしても、それだけで責任を免れるとは限りません。危険な状態がどの程度続いていたのか、合理的な点検制度が存在したのか、実際に点検が行われていたのかなどが問題となり得ます。

そのため、企業には危険を発見して除去する仕組みに加え、定期点検や清掃を実施した事実を記録する運用が重要になります。

安全規制やアクセシビリティへの対応

米国では、連邦法と州法による職場安全規制への対応も必要です。

違反があれば行政上の罰金や措置の対象となるだけでなく、事故後の民事訴訟で安全管理の不備を示す材料として利用される可能性があります。

障害のある人に対するアクセシビリティについても、米国特有の法的要件があります。施設が要件を満たしていない場合、訴訟、施設改修、レピュテーションへの影響などが生じる可能性があります。

日本とは異なる米国の訴訟環境

人身傷害や施設賠償責任を考える際には、事故そのものだけでなく、米国の訴訟制度も考慮する必要があります。

原告側弁護士が成功報酬(contingency fee)で事件を受任することが多く、被害者が訴訟を提起する際の経済的負担を抑えられる場合があります。

また、ディスカバリーでは、事故報告書、安全管理記録、電子メール、社内通信など、広範な資料の提出を求められる可能性があります。従業員や経営陣がデポジションを受ける場合もあります。

そのため、事故発生後に安全管理体制を説明しようとしても、日常的な点検記録や教育記録が残されていなければ、実際に適切な対応をしていたことを立証するのが難しくなります。

米国子会社を設立すれば日本本社は安全なのか

米国子会社を通じて事業を行っている場合でも、日本本社が常に責任から切り離されるとは限りません。

親会社が子会社の業務をどの程度支配していたか、法人としての手続が適切に守られていたか、子会社に十分な資本があったかなどが問題となる場合があります。

特に重大事故で米国子会社の資産や保険だけでは損害を十分に賄えない場合、原告側が日本の親会社にも責任を追及しようとする可能性があります。

日本本社と米国子会社の責任分担、意思決定権限、資金、契約、記録などを平時から明確にしておく必要があります。

日本企業が行うべきリスク管理

人身傷害や施設賠償責任のリスクは完全にはなくせません。しかし、事故の発生可能性と事故後の法的リスクを抑えるための対策は可能です。

1.米国向けの安全管理体制を整える

日本本社の安全基準をそのまま適用するのではなく、事業を行う州、業界、施設、製品に応じて米国向けの安全手順を整備します。

定期的な点検や監査を行い、その結果と是正措置を記録することも重要です。

2.警告・契約・社内規程を米国向けに見直す

製品の警告表示、取扱説明書、施設内の注意表示などを米国で求められる基準に合わせて確認します。

契約についても、日本で使用している契約書を単純に英訳するのではなく、米国法を前提として見直す必要があります。

3.適切な保険を確認する

事業内容に応じ、general liability insurance、product liability insurance、umbrella/excess coverageなどを検討します。

保険に加入しているだけでなく、補償対象、免責事項、限度額、事故発生時の通知義務などを確認しておく必要があります。

4.従業員教育と事故報告制度を整備する

従業員に安全教育を行い、危険を発見した場合や事故が発生した場合の報告手順を明確にします。

事故後の初動対応についても、負傷者への対応、現場の保全、写真や映像の確保、目撃者情報、社内報告、保険会社や弁護士への連絡などを事前に決めておくことが重要です。

5.訴訟を想定した準備を行う

契約の性質によっては、仲裁条項や裁判地を定めるforum selection provisionなどを検討できます。また、紛争発生後は、訴訟費用や潜在的な損害額を踏まえ、早期解決を検討する場合もあります。

ただし、人身傷害請求のすべてを契約条項によって制限できるわけではありません。条項の有効性や適用範囲も州法や具体的な事情によって異なります。

まとめ

米国で事業を行う日本企業にとって、人身傷害や施設賠償責任は、事故発生後に弁護士へ相談すれば足りる問題ではありません。

米国では、企業が危険を実際に認識していたかだけでなく、合理的な安全管理を行っていれば危険を発見・防止できたかが問題となる場合があります。また、製品の警告、従業員教育、施設点検、事故記録など、日常的な管理体制そのものが訴訟で検証される可能性があります。

日本企業は、米国で求められる安全基準を前提として、点検、記録、教育、警告、保険、事故対応を一体として整備する必要があります。日本本社と米国子会社の役割や意思決定権限も明確にし、事故発生時に誰が何を行うのかを事前に決めておくことが、米国事業における法的リスクの軽減につながります。

米国の懲罰的損害賠償は、陪審の判断により高額となる可能性がありますが、無制限に認められるわけではありません。連邦最高裁は、BMW of North America, Inc. v. Gore, 517 U.S. 559, 574–75 (1996) において、懲罰的損害賠償の合憲性を判断する三つの指標(three guideposts)として、①被告行為の悪質性、②実際又は潜在的損害と懲罰的損害賠償額との比率、③類似行為に対する民事・刑事制裁との比較を示しました。

さらに、State Farm Mutual Automobile Insurance Co. v. Campbell, 538 U.S. 408, 425 (2003) は、懲罰的損害賠償と補償的損害賠償の比率について、single-digit ratioを大きく超える場合にはDue Process上の問題が生じ得るとの重要な基準を示しています。

もっとも、このような憲法上の制約があるからといって、企業が安全管理や記録保存を軽視できるわけではありません。事故後の米国訴訟では、事故現場だけでなく、企業が事故以前にどのような安全対策、点検、従業員教育、記録管理を行っていたかも重要な争点となります。日本企業が米国で事業を展開する際には、事故発生後の対応だけでなく、平時から米国法を前提とした安全管理と証拠となる記録を継続的に整備しておく視点が重要です。

本記事は一般的な情報提供を目的とし、個別案件に関する法的助言ではありません。人身傷害、製造物責任、施設賠償責任、安全規制その他の法的要件は、州、管轄、事業内容及び具体的な事実関係によって異なります。具体的な対応については、当該案件を担当する弁護士へ相談してください。

※この記事は法律上の助言を構成するものではなく、一般的な法的原則の一般的な概要のみを示しています。 これらの原則は、管轄地によって異なる場合があります。 ご自身の特定の状況については、弁護士に相談する必要があります。 この記事の公開によって弁護士と依頼人の関係が形成されません。

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